国民生活センター理事 田中 正人
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雪印乳業の集団食中毒事件に続き、子会社の雪印食品が輸入牛肉を国産と偽って買い取らせていた事件が発覚しました。すると、肉類や野菜の産地・品種の偽装、期限切れ食品の偽装・販売など、“事件”が次々と明らかになりました。何か背景でも?
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田中
決して共通した背景があるわけではないと思います。なぜなら、企業がわずかでも社会的責任を意識し、消費者の安全を第一に考えてさえいれば、何も起きないわけですから。これだけ不祥事が噴出するのは、長年、企業のモラルが欠けていた土壌があったのだと思います。
習慣化していた無認可添加物
――協和香料化学が無認可の食品添加物を使った香料を製造していた事件は、なにか象徴的ですね。なにしろ、約三十年間も使われていたのですから。――
田中
ええ。製造元の協和香料化学はもとより、同社の香料を使っていたスープ、カレー、アイスクリームのメーカーなどが六百社近くあったのですが、どこからも疑問が起きなかったわけですからね。三十年間と言えば、一種の慣習になっていたのでしょうね。これと相前後してダスキン傘下のチェーン店「ミスタードーナツ」で無認可添加物入りの肉まんが売られていたことも発覚しましたが、こちらの方は、ちょっと形態が違いますね。
――消費者が一番、腹立たしいのは、だまされることです。しかも、無認可なら安全性の不安もあります。――
田中
ええ。でも、今回問題になった協和香料化学の香料に使われていた無認可添加物、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ひまし油などは、人体には安全とされているんですね。しかも海外では使用禁止対象になっていない。そういうこともあって今まで、問題にならなかったのかもしれません。
費用がかかる添加物認可申請
――不思議なんですが、海外では禁止されておらず、しかも安全とされている物質がなぜ、日本では認められていないのですか?――
田中
食品衛生法で認められている食品添加物は約八百三十品目です。実はこの認可は、使用を希望するメーカー・企業からの認可申請があってから下されるんです。
メーカーが独自に安全性をチェックして厚生労働省に申請する仕組みです。その上で認可されば、適法添加物となるわけです。ただ、安全性のチェックには多額の費用がかかるため、メーカーはなかなか申請しないのが実情といわれ、申請・認可は年に数件ということです。
――なるほど。それでは、今回の香料事件は、単なる形式犯だったということですか。――
田中
百歩、いや二百歩譲って形式犯であっても違法は違法です。安全なんだから面倒な手続きなんか省略、という発想こそ、消費者の人権を無視するものです。法遵守の精神が欠けていたら、「悪貨が良貨を駆逐する」結果になるでしょう。
――無許可の添加物だったというので、チョコやアイスのメーカーは、競っておわびや回収の謝罪広告を新聞に載せました。――
田中
当然です。新聞に載った「お詫びの社告」は、国民生活センターのホームページで紹介していますが、百件近くに達しています。通常、食品関係では、一日にせいぜい一、二件だったことからみてもいかに異常だったか。添加物問題とは違って、肝心の本体が中毒事件を起こし、さらにその原因を隠蔽していた雪印乳業ほど消費者を馬鹿にした事例はありません。しかも事件の渦中でトップである社長が記者に対して「私は寝ていないんだ」と言ってあきれ果てられました。企業活動の相手は消費者であるということを全く忘れているとしか思われません。今年になって相次いで発覚した牛肉偽装事件もしかりです。
消費者を欺いた企業の末路
――ほんと、不正が発覚した企業側の謝罪を聞くたびに、白々しい思いがしました。――
田中
雪印食品の場合は、さすがに今井敬・経団連会長が、「国民の税金をだましとろうとするなんて企業ではない。解散して出直すぐらいでないと直らない」と断罪しました。同社は実際、解散に追い込まれ、九百人余の従業員が解雇されました。社会的責任を自覚しない企業が払わなければならない代償だったと思います。
――“見えざる手”は、利益追求でも、あらゆる手法を駆使しがちですね。――
田中
もう一度、原点に戻って欲しいと思います。消費者の安全・安心なくして企業の発展はなく、社会的責任は果たせないはずですからね。どんな時でも、まず消費者を念頭に置いて欲しいと思ます。
――具体的にはどんなことでしょう?――
田中
消費者は、消費に関し様々なプライオリティを持つ、ということを理解した企業活動をということです。日本ではかって、とくに精密機器の購入では、「当たり外れがある」のが当然と思われていました。買ったものの具合が悪かったら「はずれ」。運が悪かったで済まされていました。しかし、一九九五年に施行されたPL法(製造物責任法)は、始めから企業側に責任あり、とする考えに沿ったものです。
サッカーのサポーターじゃありませんが、消費者は企業を支える存在なのですから、消費者あってはじめて企業が成り立っていくのだと思います。
――アメリカの弁護士、ラルフ・ネーダーが告発したという欠陥車論争も確か……。――
田中
そうです。欠陥車論争は、PL法の源流といってもいいと思います。もう約四十年も前、アメリカの無名の若き弁護士、ラルフ・ネーダーによる“泣く子も黙る巨象”、自動車メーカー・GMの告発ですね。GM社の特定の車の事故多発は運転未熟のせい、とされていたのを、もともと車に欠陥があったからだ、と世に問うたものです。消費者側に立った社会的、いや歴史的なうねりでした。
ケネディが唱えた四つの権利
――黙って買わされてきた形の消費者が、消費行動の主体になったわけですね。――
田中
ええ。実はネーダーが告発する前、アメリカではまさしく消費者を権利主体と捉える考えが芽生えていました。提唱したのは、あの故J・F・ケネディ大統領で、「消費者の四つの権利」と言われるものです。ケネディ大統領は、消費者が「健康や生命に有害な商品から保護される権利(安全を求める権利)」「虚偽の広告、宣伝、表示などから保護され、確かな情報や真実を知らされる権利(知る権利)」「あらゆる財物、サービスを適正な価格と品質が保証される中で自由に選ぶ権利(選択する権利)」「消費者の利益、権利が行政の立案に配慮される権利(意見が反映される権利)」を、高らかに掲げたのです。欠陥車論争の三年前、今から四十年も前のことで、それだけでも驚くべきことです。当然ながら今でも、世界の消費者運動の憲章的な役割を果たしていると言われています。
――底が深いですね。最近の食品に関する偽装、ごまかしなどは、その「四つの権
利」に照らしてみると、お話しにならない。――
田中
その通りです。内閣府国民生活局がさる五月、日本生活協同組合連合会に委託して行った「食品表示に関する消費者の意識調査」によりますと、「一年前と比べて、表示されていることが信用できなくなった」人が七八%もいました。国民生活局も「偽装事件の多発が消費者の信頼感に大きな影を落とした」と分析しています。消費者から厳しい意見も出ています。例えば「業者は、自分たちが売って(作って)いるものに、誇りをもって欲しい」「食品は命に関わること。承知の上での違反は、公表されて倒産するのも自業自得」などです。もって銘すべし、ですね。
――様々な表示システムは、食品の安全を確保する手段だったはずです。それが、形骸化し、逆に悪しき利益追求に利用されるようでは、消費生活は、「欠陥車論争」以前に戻ってしまい兼ねませんね。――
田中
ケネディが四つの権利を提唱した背景には、製品・商品に関しては、例えば、どんな添加物が入っているかなど、企業側があらゆる情報を知り得ている反面、消費者側は全く情報不足という事実があったはずです。「情報の不公平さ」ですね。
企業側が製品・商品に誇りを持ち、品質保持期限や産地、添加物など関連する情報を、可能な限り明らかにして初めて、消費者が生産者と対等になり、料金を払う意味が出てくると思います。
消費者の人権を考える企業へ
――その基本中の基本がこうも企業の恣意に左右されるのでは……絶望的な思いです。――
田中
同感です。資生堂の池田守男社長がある新聞でこう言っておられました。
「経済性追求はもちろん大切だが、その中で、私は社会性、人間性を尊重し、バランスを取ってやっていきたい。人間性を尊重する経営こそ将来性がある経営だ」と。企業活動の中で、消費者の人権を第一に考える高邁な哲学と思います。完璧でないのが人間社会です。企業活動だって、いつミスが起きるかわかりません。でも、常日ごろ、確とした哲学のもとでの経営が行われていたら、万々が一、予想を超えたミスがあっても消費者が納得できる対応が、迅速に行われるに違いないと思います。間違っても、「おれは寝ていない……」などというせりふは絶対に出てこないでしょうね。
田中正人(たなか まさと)
東京都生まれ、新潟県育ち。1968年、早稲田大学法学部卒業、読売新聞社入社。八王子支局・社会部・解説部記者、管理・地方部長をへて編集局次長。2001年5月、読売新聞社退社、同6月国民生活センター理事に就任